夕焼けの向こうに小さな村が見えてきました。
今日はあの村の外れの軒先でも借りようかと父さんは言った。
馬車をゆっくり近づけさせると、賑やかな声と音楽が聞こえてくる。
今日はこの村のお祭り、収穫祭でした。
旅路には、たまにこんな幸運があるのでした。
明るい炎がぱちぱちと薪を鳴らして、ルルカと父さんは小さな舞台に立ちます。
こんなに沢山の人達の前で芸をするのは初めてです。
父さんが、初舞台に渡してくれたのはフルートでした。
お母さんがルルカに残してくれた形見の品でした。
ルルカが大好きな曲を吹くと、みんなが肩を繋いで踊り始めました。
楽しい日は過ぎる時間も早く感じるようです。
何度もアンコールの声が上がって、酔っ払った旦那さんの耳をつまむお上さんもどこか楽しそうでした。
ルルカは何度でもリクエストに応えてから、父さんの合図で退場しました。
一晩の楽団の代賃の代わりに、馬屋をしている人の家の納屋を貸してもらいました。
今夜は冷たい風と夜空の星ではなく、藁に温もりのある部屋で、くたびれてた二人は、すぐに睡魔に襲われぐっすりと眠りこけました。
朝起きると、ルルカは暖かい布団に包まっていました。
目の前に父さんの広い背中、父さんは暖炉に薪を入れて火を炊いています。
鍋にはスープが金色に輝いて、食欲をそそる匂いが漂ってきました。
扉が開いて、「おはよう! よく眠れたかい」と、この家のお上さんが挨拶をしました。
その後ろに、扉の陰に隠れるようにして、一人の女の子が部屋を覗き込んでいました。
その子はとても愛らしい女の子でした。
父さんはお上さんと何かお仕事の話を始めました。
ルルカは手持ち無沙汰です。
その子は少し詰まらなそうに真新しい木靴を床の上で踏んでいます。
「やっほー」と、ルルカは頭に手を当てて、ウサギさんの挨拶をしました。
頭の上で、兎の耳の形をした手が揺れています。
「や、やっほー?…」
戸惑った女の子は一歩後ろに下がって、扉の向こう側に隠れてしまいました。
「ルルカです!」と、ルルカは顔を上げて、丸くて赤いほっぺに指を当てて自己紹介をします。
その子はルルカから少し離れた距離… 扉から半分顔を覗かせながら、「リタリ」と小さな声で名乗りました。
部屋の中の話はまだ終わらないようです。
ぼそぼそと低い父さんの声とお上さんの声が聞こえますが、何を話しているのかわかりません。
商売のときだけ使われるジプシーの言葉で話しているのです。
ルルカはリタリの前まで歩み寄って、その手を取りました。
「遊びましょうよ。表に行こう!」とルルカが誘うと、リタリはおずおずと「こっち…」と、ルルカの手を握ったまま裏口から表に出ました。
外の空気は冷たくひんやりと頬を冷やします。
緑の木の下を二人の少女が通り抜けていきます。
旅の途中で、少し前まで遠くに見えていた山には白い雪が見えて、ルルカはずいぶんと近くにまで来ていたのだとその山の頂を眺めました。
「あの山ね… 全身の毛が真っ白な狼が出るのよ。真夜中に遊んでる悪い子を食べに降りてくるんですって」と、リタリがルルカの隣に立って言いました。
ルルカはこの村に来る前に、父さんから、あの山には精霊が住んでいるんだと聞いていましたので、リタリにそれを言うと、彼女は不思議そうな顔をしました。
旅をするという意味をこの国に住まう大半の人達は知りません。
それは、旅人、ジプシーとしての生き方を選んだ者達にしか越えられない、世界と世界の境界線を越えるという意味でした。
旅に出て、境界線を越えられなかった人は魔物に食べられてしまうのだそうです。
国と国を世界と世界を結ぶ境には、国を守る精霊が追い払った闇が溜まって魔物を生み出すのです。
ジプシーの民はそんな魔物から身を守る術を親から子へ伝えていくのが慣わしです。
すっかり茶色くなった落ち葉を二人の女の子が拾い集めています。
ルルカは欲張って、両手いっぱいに落ち葉を持つとスカートを広げて落ち葉を抱えて歩きました。
リタリは一枚二枚とゆっくり数えながら、ルルカのスカートから零れ落ちた落ち葉を拾い上げます。
その落ち葉を大きな切り株の上に広げると、二人は綺麗な形の落ち葉を探して没頭します。
言葉は少ないけれど、二人はどこか楽しそうに遊びます、それはどこにでも見られる女の子の遊びでした。